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蚤のワルツ 4 またまた「蚤のワルツ」の話です. 今回は,一部で「蚤のワルツ」の作曲者とされている“Ferdinand Loh”についてです. まず今まで書いたことをもう一度まとめておきます.
ただ,こんなことを書いてもいいものかという気持ちも少しあります.ジョークとかパロディといったものは解説してしまうと途端に面白くなくなってしまいます.これがパロディなら,ただ笑って読んでいればいいのであって,解説するなどという無粋なことをすべきではないかも知れません. しかし,この件については少々事情が異なります.“Ferdinand Loh”が作曲したと書いてあるページはみな,それを本当だと思って書いているように見えます.日本のサイトだけではありません.英語のページでもそのようなページを見たことがありますし,私が直接見たのではありませんが,ドイツでもそのように書いてあるページがあるという話を読んだことがあります.ここはやはり正しい情報を伝えねば. (…それに,こんな面白いネタを書かない手はない.) まず,楽譜のことについて少し補足しなければならないことがあります. 前のページでは書きませんでしたが,作曲者が“Ferdinand Loh”となっている楽譜の出版社は,ドイツの“Schott Music”(旧“Schott Musik International”)というところです. この楽譜には作曲者が“Ferdinand Loh”と書いてあると書きましたが,パロディ説を知った後でもう一度この楽譜をよく見ると,はっきり“Ferdinand Loh”作曲と書かれてはいないことに気が付きました.むしろ,そこについては意図的にぼかした書き方をしているような印象を受けます. “Ferdinand Loh”作曲と思わせることが書いてある箇所としては次のようなものがあります.
“von”は「〜の」という程度の意味だと思います.作者を表すような場合にも使うようで,たとえば“ein Gedicht von Goethe”は「ゲーテの詩」という意味ですが,しかし「作曲」という言葉は使われていません. “Komponisten Ferdinand Loh”,“Komponist Ferdinand Loh”は「作曲家 Ferdinand Loh」という意味になりますが,「作曲家 Ferdinand Loh」という言葉が出てくるからといって,必ずしも“Ferdinand Loh”が作曲したということが書いてあることにはなりません. 紹介文の中で“Komponisten Ferdinand Loh”という言葉が出てくる箇所は,「作曲家 Ferdinand Loh の伝記が Atlantis Musikbuch という出版社の本に書いてある」というようなことが書いてあります.この本のことは後で述べますが,ここでは単に本の紹介をしているだけで,ここで作曲者が“Ferdinand Loh”であると言っている訳ではありません. また,裏表紙には上記の本と CD(これについても後で述べます)の宣伝が載っていますが,“Komponist Ferdinand Loh”というのは本のタイトルに出てくる言葉なので,これについても直接ここに作曲者が“Ferdinand Loh”であると書いてあるということではありません. 以上が前に書いたことのまとめと補足です. さてその後,作曲者が“Ferdinand Loh”だという説は以下の資料が根拠になっていることが判り,入手しました. [書籍]出版社の“Atlantis Musikbuch”と“Wergo”は共に“Schott Music”グループの一部門だそうで,結局,楽譜も含めこの三つはすべて“Schott Music”から出版されているものです. 入手する前に調べた範囲では,以下のような内容と思われました. [書籍]実は,楽譜を入手したときすでにこれらの存在は知っていたのですが,多分上記のような内容のものらしいという程度しか判らず確証がなかったのと,本はドイツ語で書かれているため,購入しても私には読めないだろうということで,以前はとりあえず楽譜だけ購入しました. しかし,その後内容が上記のようなものでほぼ間違いないらしいことが判ったことに加え,以下のような理由からこれらを購入することにしました. 楽譜の表紙には“Herausgegeben und bearbeitet von / Edited and arranged by Eric Baumann”と書いてあります.ドイツ語の“Herausgegeben und bearbeitet von”は英語と同じ意味で,どちらも直訳すれば「〜により編集・編曲された」という意味です. これは奇妙なことです.“Ferdinand Loh”が作曲したのなら,なぜ“Eric Baumann”編曲と書いてあるのでしょう? しかしこれは,バウマン氏が発見した楽譜がどのようなものであったかにもよります.たとえば,バウマン氏が発見したのが楽譜の断片のようなもので,バウマン氏がそれを補って 1 曲の形にしたというようなことなら,“Eric Baumann”編曲でおかしくないことになります. それを確かめるため,本に付いている楽譜や CD の演奏を確認したかったというのが,一つ目の理由です. 二つ目の理由として,これがパロディだとすると,直筆の楽譜や録音はバウマン氏が作ったものということになります.そんなものまで作ったとすると,とても手の込んだパロディということになります. 私はどちらかと言うとパロディ説は本当の可能性の方が高いだろうと思っていたので,そのようなパロディはとても面白い,一度見てみたい(聴いてみたい)と思ったことがあります. また,「蚤のワルツ」は“Ferdinand Loh”が作曲したとか,その話はパロディだとかいう話を書いているのに,その元になっているものを見ていないのでは話にならないだろうと考えました.読めるかどうかはともかく,現物も見ないで話しているのでは無責任です. 入手してみると,内容は以下のようなものでした. 本の方は,前半には“Ferdinand Loh”の生い立ちのようなことが書かれているようです.“Ferdinand Loh”本人や両親,住んでいた家の写真などが載っています.後半には曲の解説がかなり詳しく書かれています. CD には何も説明が付いていなかったのですが,“Schott Music”のウェブ ページにある説明によると 1896年に録音されたもので,多分作曲者自身による演奏とのことです. 録音の年から考えると,蓄音機による録音と推測されます.CD のラベルにはピアノの演奏を蓄音機で録音している絵が描いてあります.絵に描かれている蓄音機は円筒式蓄音機(蝋管?)のように見えますが,実際に使用されたのがどのようなものだったかは判りません.(もっとも,結局この録音は偽でしたが) ここで,上の疑問の答え,本に付いている楽譜と CD の演奏がどのようなものだったかについて書いておきます. まず,本に付いている直筆楽譜の方ですが,残念ながら載っていたのは曲の最初の部分だけでした. CD の演奏は楽譜と同じものでした.音符を一つ一つ突き合わせて確認した訳ではありませんが,聴いた限りでは全く同じと思われました. “Ferdinand Loh”が作曲したと言っている曲の楽譜を“Eric Baumann”編曲として出版しているというのは,この時点ですでにおかしいことになります. この資料を調べて,これがパロディである証拠を何か見つけられないかと考えました. しかし,私はドイツ語はほとんど解りません.学生の頃少し勉強したことはありますが,もう何十年も前のことです.この本を全部読むのはかなり骨が折れることでしょう. この本には少なくとも「これはパロディです」とはっきり断っているところはないだろうと思います.もしそのように書いてあるなら,ドイツ人がそれに気付かずに“Ferdinand Loh”作曲と書くはずはないからです. 暗にそれをほのめかすようなことは,もしかすると書いてあるかも知れません.たとえば,エイプリル フールにはよく雑誌などに嘘の記事が載りますが,それらは決まって発行日などが 4月 1日となっていますし,日本の場合ならたとえば文書番号が USO-800(つまり嘘八百)となっていたりして,すぐにそれが嘘であることが判るように書いてあります. でも,仮にそのようなことが書いてあったとしても,私のドイツ語の語学力では恐らく気が付くのは難しいでしょう.だから,この本の内容を検証してみようなどという無謀なことは,初めから考えないことにしておきます. 代わりに CD を分析してみることにしました.もしこの CD の録音がパロディで作ったものなら,何かその証拠を見つけられるかも知れません. 調べてみると,案の定この録音が,あたかも昔の録音であるかのように作った偽物であることが判りました. この後,この録音について調べたことを説明して行きますが,その前に CM です. …ではなくて,大分長くなりましたのでページを改めたいと思います.続きは「蚤のワルツ 5」でどうぞ. |