閑話休題 (←前のページに戻るボタンです)

● 蚤のワルツ

ドイツに「蚤のワルツ」(Flohwalzer)という曲があるのですが,どんな曲かご存知ですか?
実は「蚤のワルツ」とは「猫ふんじゃった」のことです.
「猫ふんじゃった」は国によって様々な名前で呼ばれていて,ドイツでは「蚤のワルツ」と呼ばれているそうです.

日本人で「猫ふんじゃった」を知らない人はまずいないと思いますが,ほとんどの人が知っているのは最初の8小節位(4/4で「(猫)ふんじゃった猫ふんじゃった猫」までを1小節とした場合)でしょう.
このように書くと,じゃあその先があるんだなと思うでしょうが,実はあるのかないのか(編曲ではなくオリジナルとして)今のところ私には判りません.
子供の頃,ある人がその先を弾いているのを聴いたことがあり,それ以来私は「この曲は本当はもっと長いちゃんとした曲で,普段みんなが弾いているのはその最初の部分なんだ」とずっと思っていました.
ちょっと興味があって,この曲について調べてみたことがあります.ところが,どうも詳しいことはよく判らないのです.
探せばちゃんとした楽譜が見つかると思ったのですが,ちゃんとした楽譜というか,はっきりこれがオリジナルだというものが見つからないのです.

あるとき楽器店で,先の方まである楽譜を見つけて購入しました.ドイツの出版社の楽譜で,題名は“FLOH WALZER”となっています.
購入したときはそれがオリジナルの曲であり,昔聴いた曲だろうと思ったのですが,その楽譜を聴いてみると前に聴いた曲とは違うのです.
その楽譜をよく見ると,“Edited and arranged by Helmut K. H. Lange”と書いてあります.この楽譜はオリジナルではなく編曲されたもののようです.内容的には「猫ふんじゃった」のよく聞く部分のメロディーを主題とした変奏曲という形になっています.
では,前に聴いた曲がオリジナルなのでしょうか? どうもそれも怪しくなってきました.

Web などで調べてみると,この曲のオリジナルについてはよく判らないようです.
作曲者については,“F.Loh”という人が作曲したと書いてある資料がある一方で,「不詳」となっている資料も多くあります.私は“F.Loh”が作曲者であるという説はどうも怪しいという気がしています.というのも,“F.Loh”をつなげると“FLoh”になるからです.
想像ですが,何かに曲名として書いてあった“FLOH”という文字が,たとえば“F”と“L”の間に汚れか何かが付いていて“F.LOH”と見えたので,見た人が作曲者の名前と勘違いしたのではないでしょうか?
(追記: “F.Loh”が作曲者であるという説は誤りであることが判りました.詳しくは「蚤のワルツ 4」をご覧ください.)

さて,上でこの曲は国によって様々な名前で呼ばれていると書きましたが,このドイツの出版社の楽譜の裏表紙にいくつかの国での呼び名が,それぞれの国の言語での表記とそのドイツ語訳で載っているので紹介します.(ところが,後で述べるようにこれも少々怪しいのですが.)
楽譜裏表紙
Hans Sikorski 「FLOH WALZER」より引用
最後に日本が載っていますが,え?「猫踏んじ」?
日本語の活字など持っていないでしょうから手書きなのは解るとして,この筆跡からすると日本人ではない人が何かを見て写したような感じです.
少なくとも一度日本人に確認してもらえば間違いに気付くはずなので,一度も確認をしていないのでしょうね.これからすると,他の国の表記についてもどこまで信頼できるか疑問です.

一応私なりに訳してみました.(訳の正確性は保証しません.)
イギリス/アメリカお箸
マヨルカ(スペイン)ばかのポルカ
オランダ蚤のマーチ
デンマーク(後述)
ブルガリア猫のマーチ
フランスコートレット(牛,豚,羊などの肋肉)
ハンガリーロバのマーチ
ソ連犬のワルツ
スペインチョコレート
ベルギー蚤のワルツ
余談ですが,フランスの「コートレット」はカツレツの語源だそうです.

さて,問題はデンマークです.“Prinsesse”は王女とか女王という意味で,ドイツ語訳の“Prinzessin”も同じ意味ですからこれはまず間違いないとして,判らないのが“Coben”です.“Coben”を辞書で引いても載っていませんでした.
ドイツ語訳の“Zweibein”の方は辞書には「二脚架」とあります.ライフルなどを構えるとき,銃口の近くに付けて支えにする二本足のスタンドのようなものを指すようです.
“Zweibein”で単語として載っていましたが,“zwei”は「二」,“bein”は「脚」,「骨」という意味ですから,その合成語と考えても「二脚」というような意味になると思われます.
それを参考にもう一度“Coben”を調べてみると,“ben”という単語には「脚」,「骨」という意味があることが判りましたが,“co”という単語はやはりありませんでした.しかし,「二」という意味のデンマーク語を調べると“to”であることが判りました.もしかすると“Prinsesse Coben”は“Prinsesse Toben”の誤りでは?

デンマークのサイトを辞書と格闘しながら検索してみたところ,次のようなことが判りました.
  • “Prinsesse Toben”という曲は確かにデンマークにある
  • それはピアノの曲であるらしい
  • その曲は簡単に弾けるらしい
“Prinsesse Toben”という曲が「猫ふんじゃった」であるかどうかは確認できませんでした.MIDI や MP3 などがあれば判るのですが,それは見つけることができませんでした.
しかし以上のことを考え合わせると,多分“Prinsesse Coben”は誤りで“Prinsesse Toben”がデンマークでの呼び名だろうと推測します.

では「王女の二脚」とは一体何でしょう?
Web で検索すると「猫ふんじゃった」の各国での呼び名を紹介している資料がいくつか見つかります.デンマークでの呼び名として「王女の足」と書いてあるものがありました.これは正に“Prinsesse Toben”の訳のように思えますが,「王女の足」にはどんな意味があるのでしょう?
他に「公爵夫人」と書いてあるものもありました.“Prinsesse Toben”が「公爵夫人」という意味になるのでしょうか? もっとも,同じ曲が二つ以上の名前で呼ばれていたとしても別に不思議ではないので,あるいは「公爵夫人」は別の呼び名の訳なのかも知れません.

全く別の推測として,もしかすると“Toben”とは人の名前ではないかとも考えています.つまり「トビン王女」ということになります.
デンマークの歴史上の王女,あるいは何かの物語に登場する王女なのかも知れません.

本当はこれらのことについてはデンマーク人に尋ねるのが一番早道なのでしょうが,残念ながら私はデンマーク人に知り合いはいません.

今のところ「猫ふんじゃった」について判っていることはこんなところです.
とことん調べればもっといろいろ判るのでしょうが,私は何も「猫ふんじゃった」研究家になろうというのではありませんから,とりあえずこの辺にしておこうと思います.
また何か新しいことが判ったら付け加えていきたいと思います.

追記

デンマークでの呼び名についてその後調べた結果,綴りについては“Prinsesse Toben”が正しいことが判りましたが,さらに“Prinsesse Toben”は「猫ふんじゃった」ではないということも判りました.

まず,Web 上にあった英語−デンマーク語辞書に“chopsticks”(曲)の訳として“prinsesse toben”とあるのを見つけました.それで“Prinsesse Toben”が正しいことは確認できました.
しかし「蚤のワルツ 3」で書きましたが,英語では「猫ふんじゃった」を含め複数の曲が“Chopsticks”という名前で呼ばれています.それらの曲は時折混同されることがあるようです.それで,“Prinsesse Toben”という曲がもしかすると「猫ふんじゃった」ではない別の“Chopsticks”である可能性もあると思い,さらに調べてみました.

デンマークで 1960年代に,“The Scarlets”と“The Vanguards”という二つのバンドが,“Prinsesse Toben”というタイトルの曲を出しています.その曲を聴くことができましたが,それは「猫ふんじゃった」ではなく,やはり別の“Chopsticks”でした.

その曲は原題を“The Celebrated Chop Waltz”と言い,日本では「トトトの歌」という名前で呼ばれている曲です.
英語で“Chopsticks”と呼ばれている曲はいくつかありますが,「トトトの歌」もそのうちのひとつです.英語で“Chopsticks”と言った場合,「猫ふんじゃった」よりも「トトトの歌」を指すことの方が多いようです.
つまり,この楽譜では「猫ふんじゃった」と「トトトの歌」を取り違えた上,さらに綴りも間違えるという二重の誤りを犯していたことになります.

なお「蚤のワルツ 3」で書いたように,「猫ふんじゃった」のデンマークでの呼び名は“Frikadellens flugt over plankev?rket”であることが判っています.

追記

英語の“princess”は「公爵夫人」と訳される場合があるようです.それからすると,デンマークでの呼び名と言われている「公爵夫人」も,多分“Prinsesse Toben”の訳ではないかと思います.
デンマーク語の“prinsesse”も「公爵夫人」と訳されることがあるのかも知れませんし,あるいは“prinsesse”が英語で“princess”と訳され,それがさらに「公爵夫人」と訳された,などのいきさつがあったのかも知れません.
“toben”は意味が判らなかったので,“prinsesse”だけ訳したのでしょうか?
(「公爵夫人」が“Prinsesse Toben”の訳だとすると,「猫ふんじゃった」がデンマークで「公爵夫人」と呼ばれているという説は,間違いということになります.)