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● 蚤のワルツ(続)

以前に「蚤のワルツ」のことについて書きましたが,その後判ったことなどについて書きます.前のページに追加するとかなり長くなってしまうので,別ページにしました.

さて,その後「蚤のワルツ」の別の楽譜を入手しました.これもドイツの出版社のものですが,前に書いた楽譜とは別の出版社です.題名は“Der Flohwalzer”となっています.
この楽譜も私が昔聴いたものではありません.
そして,何とこの楽譜には作曲者の名前が書いてあります.作曲者は“Ferdinand Loh”となっています.前に書いた作曲者の“F.Loh”というのはこの人のことのようです.
前は,曲名の“FLOH”が作曲者名の“F.LOH”になったのではという推測を書きましたが,ここには“Ferdinand Loh”とフル ネームが書いてあるので,その推測は誤りであったことになります.
しかし,曲名の“FLOH”と作曲者名の“F.Loh”の一致は偶然でしょうか? もしかすると順序は逆なのかも知れません.つまり,“F.Loh”が作曲したことから“Flohwalzer”という曲名が付いたのかも知れません.
(追記: “F.Loh”が作曲者であるという説は誤りであることが判りました.詳しくは「蚤のワルツ 4」をご覧ください.)

さて,これで一件落着かというと,なかなか問屋さんがそのようには卸していただけないようです.
まず,この楽譜もオリジナルではありません.楽譜には“Edited and arranged by Eric Baumann”と書いてあります.この楽譜も編曲されたものです.なぜオリジナルの楽譜がないのでしょう?

この楽譜の編曲者“Eric Baumann”について調べてみました.すると,とんでもないことが判りました.
“Ferdinand Loh”がこの曲を作曲したというのは“Eric Baumann”の作り話で,“Ferdinand Loh”という人物は実在しないというのです.
詳しいいきさつは判りませんが,作り話といっても悪意のある嘘ではなく,どうもジョークとかパロディの類だったようです.ところがそれを真に受けた人がいて,作曲者が“Ferdinand Loh”であるという説が広まってしまったようです.
ただ,これはウェブで調べた結果なので,信頼度の判断には難しいものがあります.果たしてこれは本当なのでしょうか?
作曲者がちゃんと書いてある楽譜が出版されているにも拘らず,作曲者不詳と書いてある資料が非常に多いのは,やはり“Ferdinand Loh”が作曲したというのが嘘であるからだという気が,私はするのですがどうでしょう?

この曲には他にも腑に落ちないことがあります.
なぜワルツではないのに「蚤のワルツ」という名前なのでしょう? また,世界中であまりにも色々な名前で呼ばれているのはなぜでしょう?

まあ,形式がワルツではないことについては,まるで蚤がワルツを踊っているような曲だということから付いた名前で,曲名は曲の形式を表したものではないと考えることもできます.ブルースでもないのに「○○ブルース」という題名の曲があるようなものでしょうか?

さて,ここから先は私の全くの想像でしかないのですが,私はこの曲のオリジナルと呼べるものは最初の8小節(前に述べたような数え方をした場合)だけではないかと思っています.あるいはもっと短くて,最初の4小節だけだったかも知れません.
そして,オリジナルの楽譜というものは存在しないのではないかという気がします.

少なくとも,この曲は最初から譜面に向かって作曲したものではないと思います.
ご存知のようにこの曲は主に黒鍵を使って弾きます.これを楽譜にすると♯が6つも付く(嬰ヘ長調),または♭が6つも付く(変ト長調)という大変なことになります.そのような楽譜を最初から書くことは(絶対にないとは言いませんが)考えにくいと思います.まず黒鍵で弾くという行為が先にあっただろうと推測します.

黒鍵の音は階名にすると ドレミソラ となります(F♯/G♭が ).いわゆる四七抜き(よなぬき)というやつで,間が適度に飛んでいるために,黒鍵だけを使ってピアノを弾くと何となくメロディーらしいものができやすいものです.
たとえば
ソラソソソソソソララソラ___ ドレドドドドドドレミレドレ___
(赤字は1オクターブ上の音)
と弾くと某人気テレビ番組のテーマになります.ここでは最初の部分だけ書きましたが,この曲は黒鍵だけで最後まで弾くことができます.(歌詞のある部分についての話です.間奏の部分などはアレンジによってはこの限りではありません.)
この曲(「蚤のワルツ」のことです.「○点」のテーマではありません.)は誰かが黒鍵で適当に弾いているうちにできたものではないでしょうか?

そういうことは子供が得意です.ピアノなど習ったことのない子でも,目の前にピアノがあればそれで遊んでいるうちに,何か曲っぽいものを弾き始めるということも珍しくはないでしょう.だから,最初にこの曲の元を作ったのはもしかすると子供だったかも知れません.
そして,それを友達に聴かせると友達も真似して弾く,ということの繰り返しで子供たちの間に広まっていったのではないでしょうか? 何しろピアノを弾けない子でもこの曲だけは見様見真似で弾けてしまうのですから.

見様見真似で広まったので,楽譜はもし仮に最初はあったとしても,それは伝わらなかったのではないでしょうか? 実際,もし楽譜があったとしても,♯や♭が6つも付いている楽譜を見て弾いてみようという気はなかなか起らないでしょう.

楽譜が存在しないとすれば,この曲がなぜ色々な名前で呼ばれているのかも解る気がします.
この曲に正式な題名があって,その楽譜が伝わっているなら,多くの国ではその題名のまま呼ばれるようになるのが自然だと思います.もちろん一部の国では別の名前が付くこともあるでしょうが,これほど色々な名前が付くまでにはならないのではないかと思います.
曲だけが伝わっていったために,曲名は必ずしも一緒には伝わらず,途中で変わってしまったり時には全く別の名前になってしまったりしたのではないでしょうか?
主に子供たちの間で伝わることも,その要因になっているように思います.子供は発想が自由ですから,色々な名前を考え付くでしょうし,曲の形式がワルツではないなどということもきっとお構いなしでしょう.

…とこんなことを想像してみたのですが,もちろんこれは単なる私の想像でしかないことを,もう一度念のため申し上げておきます.